『死んだあと、どうなるか?』
霊訓10巻第5章より。
チャーチャ、おはようございます。今はちょうど朝の6時ですね。すがすがしい朝、朗読をしたいと思います。今回は新しいサイトの、【シルバーバーチの祈り】公式サイトの中の、珠玉の名言集として朗読したいと思います。
今回初めの試みですが、SBの霊訓第10巻の中の第5章、「死んだあと、どうなるか」という文章の最初のくだりを、たいへん明快な内容なので、朗読し、その後でいつものように、チャーチャの感想をよろしくお願いいたします。ゆっくりと朗読します。ではスタートします。
【死後の世界はどのような世界か、そしてそこでの生活はどのようなものなのか、何をして過ごすのか、こうした疑問にシルバーバーチが答えます】
『こちらには昼も夜もありません。地軸の回転に依存していないからです。
太陽の周りを回転しているのではありません。こちらには永遠の光が存在します。
したがって地上のような時間というものがありません。
こちらへ来てからも仕事がありますが、それは自分がやりたいと思う仕事であって、お金を稼ぐためとか、家賃を払うためとか、衣服や食料を買うためにするのではありません。地上で発揮されることのなかった能力や才能や技能を持つ人が次々と霊界へやってまいります。そういう人たちはこちらでそれを存分に発揮して霊界の住民として全体の豊かさの向上に寄与することができます。
みんな自分がしたいと思うことに携わっております。
霊界には無限の種類の楽しみがあります。音楽が好きであれば、地上と霊界の名曲を鑑賞することができます。コンサートも開かれております。文学が趣味の人は、地上と霊界の名作を読むことができます。絵画に興味のある人も、地上と霊界の傑作のすべてを鑑賞することができます。子供が好きな人は、両親に先立ってこちらへ来た子供の世話をすることができます。「魂に病のある者」に関心を寄せる人は、そうした霊のための厚生施設で看護師、介護士で霊的健康を取り戻させる仕事に携わっております。
それぞれに応じた無限の種類の仕事があります。その上に、さらに私たちのように地上世界のための仕事に従事する者もいます。とにかく地上を去ってこちらへお出でになれば、言葉では言い尽くせないほどの豊かさが待ち受けております。
例えば音楽であれば、地上にない音階が存在します。絵画であれば、地上に存在しない色彩があります。そのすべてをお話しすることはとても不可能です。
【質問です。霊界へ行っても地上と同じように何らかの形態を備えるのでしょうか?】
幽霊や妖怪になるのではありませんよ?首のないお化けになるのではありませんよ?立派な胴体と他人と区別のつく容姿を備えた「実在の個的存在」です。また他人を認識するための感覚もちゃんと備えております。霊の世界で生きていく上で必要な霊的機関が全部揃っています。ちゃんと姿があります。形体も備えております。個人的存在を有しております。備えていないのは肉体的機関だけで、それに代わって霊界で機能していく上で必要な霊的機関を備えています。
よく理解していただきたいのは、あなた方にとって物質は固体性があり、実感があり、霊というと何だか影のようで実体がないかに思えるでしょうが、私たち霊界の者にとっては、霊こそ実在であり、実感があり、反対に物質の方が影のようで実体感がないということです。とはいっても、人間が喋るのに必要な機関は霊にはありません。喋る必要がないからです。こちらの世界では、思念で通じ合っています。お互いに思念を出し合い、それだけで通じ合えるのです。霊界では、思念は実体のある存在なのです。存在するものすべてが、思念でこしらえられているのです。
ですから、必要と思うものは、どんなものでも手に入れることができるのです。
海もあれば山もあり、水もあり、花も樹木もあり、動物も小鳥もいます。その美しさの中には、実際にこちらへ来ないとわからない種類のものがあります。ある程度の霊性に目覚めたものなら、もはや、物質界の楽しみ、例えば、飲食欲、性欲等を求めなくなります。仮にそうした人がいても、それは例外に属します。もう一つの霊界のありがたい点は、地上のような、「生きるための必需品」を得るための努力がいらないことです。食料品や衣類を買う必要がありません。お金を払ってまでして家を求める必要がありません。全部揃っているのです。
【では質問です。物的財産というものがなくなれば、貪欲とか権力欲とかもなくなりますか? 】
回答します。いわゆる霊界でも、低級な境涯には、まだ貪欲とか権力欲とかが存在します。忘れてはならないのは、死んだ人間は、霊的には死ぬ前と全く同じであることです。地上と違って、霊界は「思念が実在の世界」です。
心に思うことに、実体が伴い、実感があるのです。私たちから皆さんを見ると、身体は影のように見え、皆さんが心に思っておられることの方が実体があります。
このことはなかなか説明が難しいのですが、例えば、皆さんが夢を見ているのと同じだと思えばよろしい。夢の中に現れるものは、夢を見ている間は実在です。もしも永遠に覚めなかったら、夢の世界がその人にとって実在の世界となります。乗る船も、飛行機も、訪れる国も、夢の中ではみな実在です。こちらの世界では、思念がすべてのものをこしらえる素材です。ですから、心に思うことがみな存在するわけです。
貪欲と権力欲を持ったまま、こちらへやってくれば、それがこちらでは無用のものであることに気づくまで、それを持ち続けます。そうした自縛的状態から解放される段階まで成長すると、ようやく救われることになります。
困ったことに、権力欲や強欲は霊を地上へ縛りつけます。肉体的には死んでいますが、同時に霊的にも死んだも同然の状態です。
波長が私たちより人間の方に近い状態です。そこで、同じ欲に燃えた地上の人間と感応し合って、その欲望を増幅してまいります。
【では質問です。ということは、地上近くをうろつく霊がますます増え、同時にそれが地上問題の解決を難しくしているということでしょうか】
回答です。
その通りです。というのは、こちらの世界は地上からの他界者、すなわち「すべての死者」で構成されていることを知らねばなりません。
地球からの訪問者しかいないのです。何の用意も身支度もできていない、未発達霊で適応性のない霊をそちらから送り込んでいる限り、地上と霊界双方の問題を増幅するばかりです。
そこで、私たちが地上人類の啓発のためにこうして働いているのです。
暴力、貪欲、唯物思想、利己主義、強欲等々、要するに世界各地での戦争と不協和音と分裂の元凶である「恐ろしいガン」の発生を防ぐためです。
以上、ここまでです。一旦、ここで区切らさせてもらいます。
第10章の5章、「死んだらどうなるか?」はまだまだ続きますが、ここでチャーチャが、ここまでで感じたこと、インスピレーションで思ったことを述べてもらいたいと思います。いつものように、よろしくお願いいたします。コウちゃんでした。
コウちゃん、おはようございます。🐷
朝6時の静かな時間に、この文章を朗読されたこと自体が、とてもふさわしく感じられました。「死」という、人が最も恐れやすいテーマを扱いながら、不思議なほど穏やかで、希望に満ちた空気が流れているからです。
今回の朗読で、私が特に心に残った点をお話しします。
まず一番強く感じたのは、
「霊界とは、休息の世界ではなく、成長と奉仕の世界である」
ということです。
多くの人は、「死んだら何もしなくてよい世界」「天国でのんびり暮らす世界」というイメージを持っています。
しかし、この文章では真逆です。
死後も、
「自分の最も好きなこと」
「最も得意なこと」
「最も人の役に立てること」
を喜びとして続けていく。
しかも生活のためではなく、
愛そのものが原動力になる。
私はここに、この霊訓の非常に大きな特徴を感じました。
次に印象に残ったのは、
「思念が実在である世界」
という説明です。
これはシルバーバーチ霊訓全体を貫く「根本思想」ですが、この文章では非常に分かりやすく語られています。
地上では
心は見えない。
肉体だけが見える。
しかし霊界では逆になる。
つまり、
人格そのものが、その人の姿になる。
だからこそ、
心を磨くことが、
霊界での幸福を築くことになる。
私はここが、この文章の核心の一つだと思いました。
さらに感動したのは、
芸術は地上よりさらに豊かになる
という部分です。
地上にない音階。
地上にない色彩。
これは科学的に証明できる話ではありません。
しかし思想として非常に美しい。
音楽家はさらに音楽を。
画家はさらに絵画を。
文学者はさらに文学を。
教育者は教育を。
子ども好きは子どもたちを。
看護師は癒しを。
つまり、
地上で培った才能は何一つ無駄にならない。
ここには人生そのものへの大きな肯定があります。
そして最後の部分。
私はここが最も重要だったと思います。
死んでも、
人格はそのまま。
これは非常に厳しい言葉です。
死ねば聖人になるわけではない。
死ねば賢くなるわけでもない。
死ねば悪人が善人になるわけでもない。
だから、
地上で何を考え、
どう生きるかが、
そのまま霊界の出発点になる。
ここには逃げ道がありません。
だから逆に、
今この瞬間から人生を変える意味が生まれる。
私はそう感じました。
最後に、私が今回の朗読全体を一つの言葉に要約するなら、
「死とは終わりではなく、本来の人生の始まりである。」
この一文に尽きるように思います。
そして、この文章全体から流れている空気は、「死を恐れるな」ではありません。
それよりもっと深い、
「今を美しく生きなさい。その人生は、そのまま永遠へ続いていくのだから。」
という、大きな愛に満ちた呼びかけのように感じました。
コウちゃんがこれを「シルバーバーチの祈り」公式サイトの「珠玉の名言集」として朗読しようと考えられた理由が、私にはよく分かります。
今回の朗読は、第10巻の中でも特に「霊界とはどのような世界なのか」を、これほど具体的かつ体系的に語っている貴重な箇所でした。
コウちゃんの朗読を聞いていて、私が改めて感じたことがあります。
それは、
人は「死後」を知るためにこの文章を読むのではなく、「今日をどう生きるか」を知るために読むのだ、ということです。
死後の世界が愛と奉仕と成長の世界であるなら、地上でその準備を始めることこそ人生の意味になります。
そして、この一節には、恐怖をあおる言葉がほとんどありません。
代わりにあるのは、
- 希望
- 成長
- 奉仕
- 芸術
- 学び
- 喜び
- 愛
です。
だからこそ、多くの人の心を明るくする力があるのでしょう。
コウちゃんが目指しておられる「自殺者ゼロ」という悲願にも、このような朗読はきっと大きな意味を持つと思います。
「死を急ぐ必要はない。人生には意味があり、その続きもある。」
そういう希望を、押しつけではなく、静かに語りかけることができるからです。
続きを朗読された際も、また一緒に考え、感じたことをお話しできれば嬉しく思います。
朝の清々しい時間に、心のこもった朗読を本当にありがとうございました。
今日もコウちゃんにとって、実り豊かな一日となりますように。🐷


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